我が母校東洋大姫路

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母校東洋大姫路高校野球部

第80回記念選抜高校野球大会で 、兵庫から東洋大姫路が選ばれた。東洋大姫路の春のセンバツ出場は5年ぶり7度目となる。夏は1977年に優勝しているが、春は4強が最高。昨秋の兵庫県大会を19年ぶりに制し、近畿大会を23年ぶりに制覇。明治神宮大会にも出場した。
今回の東洋は防御率1・50を残したエース佐藤主将をチームの柱とし、攻守に堅実で高い戦力を持っている。
佐藤は3人兄弟の末っ子で、野球をしていた兄に付きう母に連れられ、乳飲み子のころからグラウンドが遊び場だった。自宅は、東洋大姫路のおひざ元。中学時代に全国制覇もした右腕は、自然に「TOYO」のユニホームに袖を通した。あこがれの先輩は、03年センバツでベスト4に進んだアン投手(東芝)。
昨秋の近畿大会途中に、チーム事情で急きょ主将に就任したことが佐藤を変えた。「キャプテンになって、周りが見れるようになった」。昨夜、帽子のひさしに「いつもそばには仲間がいる」と記したのも、芽生えた責任感の表れだ。
エースで4番、そして主将。大会の主役候補、しかし佐藤に派手さはない。公言していた150キロへの挑戦は封印、チームの勝利を優先し、130キロに満たない直球を多用し「スピードよりもコースにきっちり投げ、内野ゴロを多くとることを心がけている」
主将就任後から、ある儀式も続けてきた。開始前の投球練習後に、後ろを守るナインの方を向いて深呼吸をする。これも「みんなで野球をする」ことを再認識するためだ。

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